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専門医インタビュー

人工股関節の手術後に脱臼するリスクの高い人と低い人との違いとは?

深谷 英世 先生

東京都

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日本整形外科学会専門医

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この記事の目次

「人工股関節は手術後、まれに脱臼することがある」と聞いたことはありますか?確かに、手術後に注意したい合併症の一つに「脱臼」のリスクがあります。しかし、最近は、人工股関節の材質や性能が向上していることに加えて、整形外科の先生の手術手技や工夫によって、そのリスクをかなり低減させることができています。
そこで、手術後の脱臼のリスクゼロを目指し、チーム医療で技術の研鑽(けんさん)を重ねているJR東京総合病院の深谷 英世(ふかたに えいせい)先生に、術後脱臼のリスクや、その原因と予防についてお話をうかがいました。

人工股関節は、本当に脱臼してしまうことがあるのですか?

そもそも私たちの股関節は、通常、受け皿のような臼蓋というくぼみのある骨盤の骨に、大腿骨(太もも)の上端の骨頭という丸い骨がはまり込んでいます。骨頭部分は、関節包というカプセルのような組織に包まれ、さらに受け皿の臼蓋と靭帯でつながっているため、よほどの力が加わらない限り、健康な股関節が脱臼することはありません。

一方、人工股関節は、チタンなどの特殊な金属やポリエチレンでつくられています。置換するときには、骨盤の臼蓋に人工の受け皿を設置し、大腿骨(太もも)には先端に人工の骨頭がついたステムというパーツをはめ込み、骨盤側と大腿骨(太もも)側を組み合わせています。

これを設置する手術手技は、関節の後ろ側(お尻のほう)から手術する「後方アプローチ」と、前側から手術する「前方アプローチ」と、大きく二つの方法があります。 一般的に後方アプローチで手術を行った場合、手術後、まれに内股(内旋)に深くしゃがみ込む(屈曲)と、後ろ側に脱臼することがあります。前方アプローチの場合は、逆に、後ろ側に足を伸ばし(伸展)、外側に向けたとき(外旋)に前側に脱臼することがあります。もちろん例外もありますし、手術方法にかかわらず、手術の内容によっても脱臼のリスクの度合いは変わってきます。いずれにしても人工股関節は、許容範囲を越えた無理な姿勢を取ると、脱臼するおそれがあります。

脱臼するとどんなふうになるのでしょうか?

脱臼してしまうと通常は股関節がものすごく痛みます。しかも、外れた状態で足が固定されてしまうので、自力で動かすこともできません。たまに手術後、「股関節が少し痛むけれど脱臼しているのではないか」と心配される患者さんがいますが、脱臼した時の痛みはその程度では収まりません。万が一、脱臼してしまったら、すぐに手術をした病院へ連絡を取り、指示を仰いでください。

人工股関節の脱臼を治す方法は、たいていの場合は、痛みで硬直している筋肉を緩和させるために全身麻酔をし、脚を引っ張って元に戻します(徒手整復)。ただし、もともと筋肉の緊張が非常に強い人、いわゆる体がとてもかたい人の場合は、引っ張る力に限界があるため、再手術が必要になることがあります。さらに、めったにありませんが、前側に脱臼してしまった場合も、徒手整復では直しづらいので再手術の対象となる可能性があります。

脱臼のリスクを下げることはできるのですか?

まず、手術においてとても重要なことは、人工関節を設置する際の「角度」です。それぞれの患者さん固有の筋肉のかたさや股関節の変形度合いなどを計算しながら、患者さんにあった角度になるように設置する必要があります。ここが一番難しいところでもあります。さらに股関節に関係する筋肉の緊張度合いとのバランスを取りながら人工関節を設置することも、同じくらい重要です。たとえば、股関節の前側の筋肉の緊張が強過ぎ、後ろ側が緩いと、後ろ側に脱臼するリスクが高まってしまいます。

このようなリスクを回避するために、まず、手術前に検査結果から綿密に計算をして、その患者さんに合わせた人工関節の設置角度を導き出します。そして、手術では、大腿骨の骨頭を覆っている関節包を切りっぱなしにせず、修復することで、脱臼のリスク低減に取り組んでいます。さらに、手術中、人工関節を設置する前に、確認用として模擬の人工関節を入れて、さまざまなチェックを行い、日常生活でうっかり取る程度の姿勢では脱臼しないように何度も確認し、調整しています。このような工夫をすることによって、より患者さんの状態に合わせた人工関節の設置ができ、脱臼しづらく、手術後にできる動作も格段に多くなります。

また、人工関節そのものについても、最近は、材質や性能が向上しており、より大きな骨頭が使えるようになったため、以前に比べて格段に脱臼しにくくなっています。

人工股関節の手術後、脱臼を防ぐためにはどんな注意が必要ですか?

患者さんの状態や手術をした病院によっても違いますので、一概には言えませんが、私の場合は、先ほどお話した手術の工夫などによって、内股にペタンと座り込むような「とんび座り」や「横座り」以外には、特に制限を設けていません。正座や脚組み、平泳ぎなど、基本的にほとんどの動作は問題なくできるとお話しています。以前は、脱臼のリスクが比較的高かったため、今より動作に制限を設けていました。しかし、そのせいで、脱臼することをおそれて外出せず、家の中に引きこもってしまうという患者さんが少なからずいたのです。それではせっかく人工股関節にした意味がなくなってしまいますし、筋力も衰えて逆効果になってしまいます。そうならないよう、脱臼のリスクをゼロにすることを目指して工夫してきたという経緯があります。また、患者さん自身の努力としては、やはり筋力トレーニングはとても大事です。脱臼しやすい人は筋力が弱い人が多いので、人工股関節のためだけでなく、全身の健康のためにも適度な運動を継続することをおすすめしています。

人工股関節置換術を受けることを迷っている方に向けて、メッセージをお願いいたします。

まずは、股関節の専門外来を受診してください。専門外来には股関節について数多くの症例を診てきた専門医がいます。どんなに小さなことでも、ご自身の疑問や悩みが解決するまで、それこそがむしゃらに相談してください。医療は日進月歩ですから、以前聞いた情報より進んでいる場合もあります。治療方針は病院によって多少違うこともあるでしょう。 人工股関節置換術は、ここまでお話したように、脱臼についてリスクをかなり低減させることが可能になっており、人工股関節の耐用年数も向上していて、若い人でもそれほど脱臼や再手術を心配しなくてもよいよう技術が進んでいます。もちろん、専門外来を受診したからといって、人工股関節の手術を押し付けるようなことはまずありません。ただ、よく知らずに、やみくもに怖がって、痛みをがまんしながら家の中に引きこもっていたり、長期間にわたって痛み止め薬を続けたりすることは、よくない面が多くあります。専門医は、ご自分らしく生きる選択肢の一つとして患者さんに合った治療方法を提供してくれるはずですから、とにかく受診してみてください。


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